寺院の石垣から彦根城まで
戦国時代から幕末までの多彩な石垣の見どころを、コアに、ディープに紹介します。

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滋賀県内には、約1,300カ所もの城跡があり、その数は全国でもトップクラス。
中でも注目したいのが「石垣」。

「土へん」に「成る」と書く「城」が示すとおり、戦国時代の初めまでのお城は土を掘り盛り上げ、その上に木造の施設を建てるものでした。滋賀県で数多く見つかっている石垣をもつ城は、江戸時代の城へと受け継がれていく近江で生まれた技術と言われています。

時代の転換点を象徴する滋賀のお城と石垣。
天守や堀と並んで「石垣」は、お城の魅力を語るうえで欠かせない存在です。

1. お城の石垣のルーツをたどる 中世寺院の石垣|長法寺跡(高島市)

古代の朝鮮式山城を除き、戦国時代のはじめ頃まで、日本のお城に石垣はありませんでした。

中世の近江では、延暦寺や金剛輪寺、百済寺などの山岳寺院が大きな力を持ち、僧坊などの法面を守る擁壁として築いていました。その技術が、観音寺城などのお城づくりにも取り入れられていきます。

織田信長の兵火で廃絶したと伝わる、長法寺跡では「お城の石垣の基になった」中世寺院の石垣を見ることができます。

4_original.png 高島市長法寺跡の石垣

所在地:滋賀県高島市鵜川
長法寺跡へは、高島市勝野の日吉神社の登り口から山林を通るハイキング道で片道2時間以上。
※クマやシカなどの野生動物も生息しているため、見学の際は詳しい地図や登山装備を準備し、安全に十分注意してください。

2. 国内最古級の城郭石垣跡|観音寺城跡(近江八幡市)

近江守護・六角氏が築いた観音寺城跡は、近江八幡市と東近江市にまたがる繖山(きぬがさやま)にあります。

山頂から南山麓にかけて数百もの曲輪が造られた、日本最大級の城跡です。
観音正寺の境内や坊跡を取り込むように築かれたとみられ、六角氏の居館や家臣団の屋敷地など、多くの曲輪に石垣が確認されています。当時は、山全体が石造りの要塞都市のような景観を呈していたと考えられます。

観音寺城の石垣は、弘治3年(1557年)頃、湖東三山の金剛輪寺に所属する石工たちが築いたとする記録が残されています。自然石を使った「野面積」の石垣で、国内最古級の城郭石垣といえる存在です。

5_original.png 近江八幡市観音寺城跡 伝御屋形跡の石垣

所在地:滋賀県近江八幡市安土町石寺
アクセス:JR琵琶湖線 「安土」 下車 徒歩 90分
スポット情報:https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/886/

3. 時代の変革者・織田信長の居城を支えた石垣|安土城跡(近江八幡市)

天正4年(1576年)、織田信長は家老の丹羽長秀を総奉行として、琵琶湖の内湖のほとりに安土城を築きました。
天下布武の拠点となった安土城は、城内を石垣で固めた本格的な総石垣の城郭です。

石垣は、自然石を使った「野面積」。
馬淵(現在の近江八幡市馬淵町)をはじめ、近江各地の石工たちが動員されたと伝わります。

また、天主周辺の石垣は表面が激しくひび割れ、赤く変色している部分があります。
これは、本能寺の変後の混乱の中で建物が炎上した際の火災の激しさを今に伝える痕跡です。

6_large.jpg 近江八幡市安土城跡 大手口周辺の石塁

所在地:滋賀県近江八幡市下豊浦
アクセス:JR琵琶湖線 「安土」 下車 徒歩 約25分
スポット情報:https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/831/

4. 渇水の年にしか会えない幻の石垣|坂本城跡(大津市)

坂本城は元亀2年(1571年)織田信長の命を受けた明智光秀が、延暦寺・日吉大社の門前町であった坂本に築いた水城です。
宣教師ルイス・フロイスが安土城に次ぐ名城と評しましたが、天正14年(1586年)頃に廃城となり、建物や石垣などが移築されたため、当時を偲ぶ遺構がほとんど残されていません。

しかし平成6年(1994年)、記録的な大渇水で琵琶湖の水位が下がり、湖中に沈む坂本城本丸跡の石垣が姿を現しました。
通常は水中にあり、水位がマイナス60〜70cm程度まで下がった時にだけ見られる貴重な遺構です。
琵琶湖岸の軟弱な地盤は、石垣が沈んで(不等沈下)崩れないよう工夫が必要でした。
坂本城跡の石垣は丸太材を「胴木」として敷いた基礎の上に築かれています。この技法は、江戸城跡や大坂城跡、高槻城跡などの平城の石垣にも多く確認されます。

江戸時代に城下町として発展した大都市の礎には、戦国時代、琵琶湖岸の湿地に石垣を築くことを命じられた近江の工人たちの創意工夫がありました。

7_original.png 大津市坂本城本丸跡 琵琶湖岸の石垣

所在地:滋賀県大津市下阪本3丁目
スポット情報(坂本城址碑):https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/876/

5. 本能寺の変の黒幕? 織田信澄が築いた石垣|大溝城跡(高島市)

令和8年(2026年)のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、信長の甥・織田信澄が本能寺の変の黒幕として描かれ、大きな注目を集めました。
実際には、史料上、信澄の本能寺の変に関与を示す証拠はありませんが、明智光秀の娘婿だったため謀反の疑いをかけられて殺されたとされています。

その信澄が天正6年(1578年)に築いた大溝城は、安土城・長浜城・坂本城とともに琵琶湖の水運を押さえる拠点の水城でした。
琵琶湖につながる乙女ヶ池の湖畔に残る天守台は安土城と並ぶ最古級で、大きな自然石を用いた野面積の石垣を見ることができます。

9_original.png 高島市大溝城跡 天守台の石垣

所在地:滋賀県高島市勝野
アクセス:JR湖西線 「近江高島」 下車 徒歩 約5分
スポット情報:https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/902/

6. 豊臣家の先進的な築城技術を伝える石垣|八幡山城跡(近江八幡市)

八幡山城は天正13年(1585年)、豊臣秀吉が甥の秀次のために築いた城です。
しかし、文禄4年(1595年)の秀次の失脚によりわずか10年で廃城となりました。
秀吉が築いた大坂城、聚楽第、伏見城など多くの城郭は破却され、往時の姿を現在見ることができません。
その中で八幡山城跡は、秀吉ゆかりの城の中でも遺構がよく残る城跡といえます。

注目したいのは、本丸北西にある石垣の隅角(石垣のコーナー部分)です。※写真参照
石垣の下半部には自然石、上半部には長方形に整形した白っぽい石材(花崗岩)が使われており、上部が後に積まれたことがわかります。上部の角には、長方形の石材の長い面と短い面を一段ずつ交互に組み合わせ、強度を高める「算木積み」が用いられています。

算木積みが全国に広まる慶長10年(1605年)頃より10年以上前の文禄4年(1595年)以前に廃城となった八幡山城には、この技法を用いた石垣が残ります。 豊臣家がいち早く最先端の築城技術を取り入れていたことを示す、貴重な遺構です。

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近江八幡市八幡山城跡 本丸北西隅角の石垣

所在地:滋賀県近江八幡市宮内町
アクセス:JR琵琶湖線 「近江八幡」 下車 バス 12分 八幡堀(大杉町)八幡山ロープウェー口 バス停下車 徒歩 約5分
スポット情報:https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/884/

7. 徳川の泰平の世を創り、維持した石垣|彦根城跡(彦根市)

彦根城は、豊臣家や西国大名への防衛拠点として、徳川家康が築城を命じた井伊家の居城です。

工事は慶長9年(1604年)から、諸大名を動員する天下普請として行われました。
関ヶ原の戦い後の不安定な情勢の中、短期間で築城するため、廃城となった長浜城跡、大津城跡、佐和山城跡の建物や石材なども利用されました。
国宝の彦根城天守は大津城の天守を、重要文化財の天秤櫓は長浜城の大手門を移築したものと伝わっています。
また、鐘の丸の石垣は、石材の分析から佐和山城の石垣を移したものとされています。

門の右側にある茶色っぽい天秤櫓の石垣は、築城当初、慶長年間に積まれたものです。
一方、左側の石垣は、嘉永7年(1854年)の天秤櫓の解体修理時に新たに積み直されたとみられ、割石を使った落とし積みの石垣となっています。

門を挟んで、大坂冬の陣までの不安定な情勢下に急いで築いた野面積と、幕末の落とし積みが並ぶ天秤櫓の石垣は、約260年続いた江戸時代の平和な社会秩序の維持を担った彦根城を象徴する石垣といえます。

12_large.png 彦根市彦根城跡 天秤櫓の石垣

所在地:滋賀県彦根市金亀町1
アクセス:JR琵琶湖線 「彦根」 下車 徒歩 約15分
お問い合わせ:0749-22-2742
URL:https://hikonecastle.com/index.html

まとめ|近江の石垣は、日本の城づくりの歴史そのもの

滋賀県には、中世寺院の石垣から、戦国大名の山城、織田・豊臣・徳川の城郭まで、石垣の歴史をたどることができる場所が数多く残されています。

今回紹介した7つの石垣は、どれも単なる「石の壁」ではありません

寺院の技術を取り入れた初期の石垣。
信長の城を支えた総石垣。
琵琶湖の水中に眠る幻の石垣。
豊臣家の先進技術を示す算木積み。
徳川の天下普請と江戸の平和を物語る石垣。

一つひとつの石垣には、その時代の技術、政治、戦略、そして工人たちの知恵が積み重なっています。

滋賀を訪れる際は、天守や景色だけでなく、ぜひ石垣にも注目してみてください。
近江のお城の魅力が、ぐっと深く見えてくるはずです。